白洲正子の「推古の鈴」

  
        (白鳳時代 法隆寺伝来)

寂しい時、この鈴を振ってみると、推古の音がする。
そして、子供の頃に見た法隆寺のあたりの景色がよみがえって来る。
焼ける前の壁画の至福にあふれた情景も、丈高い百済観音の唇の紅も、
大空に浮かぶ五重塔のかなたには、
聖徳太子の幻影まで見えかくれする。
「遠くも来つるものかな」と、その時わが身をふりかえって思うのだが
その思いには、過去をなつかしむというような
甘ずっぱい感傷はない。何といったらいいのか、
私たちの歴史は、たとえ無意識にせよ、私たちと共にある、
私たちみんなの中に生きている、
そう自覚することが生きていることの意味なんだぞと、
推古の鈴は告げるようである。
(白洲正子著『夕顔』― 法隆寺 鍍金鈴 推古時代

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